誇り、ということ。

2008/06/17 (火)  カテゴリー/雑感

こんばんは、管理人です。
さて。
本日のテーマは「誇り」ということです。
どんな職業人でも誇りがあります。
自衛官には自衛官の、
警察官には警察官の、
駅員には駅員の、
八百屋には八百屋の、
開発者には開発者の、
それぞれの誇りがあると、私は信じています。
その誇りに敬意を払うことが、とても大切なことのはずです。

ところが、自衛官の誇りについては、中々その活躍が表舞台に出てこない。
というのも、日本国憲法第9条と自衛隊の存在が矛盾しているからです(←だからといって、自衛隊をなくせ、ということではありません。第9条がおかしいのです)。
また、日本国民全体の病気、「軍隊恐怖症」「国家恐怖症」があると私は考えます。
「軍隊恐怖症」というのは、本来敬意を払われ、表舞台で表彰されるべき我が国家を防衛する役割を持つ、"自衛隊"の存在を冒涜する、そんな病気のことです。
例えば、阪神・淡路大震災の時。兵庫県は(もっと正確に言うなら、当時の兵庫県知事)、陸上自衛隊自衛隊伊丹駐屯地・海上自衛隊舞鶴地方総監局などがあるにも関わらず、長時間出動要請を出さなかった、というのは間違いなくこれでしょう。
事態発生直後に陸上自衛隊、あるいは海上自衛隊なり航空自衛隊などと警察・消防(まぁ、警察も消防も防衛省にはライバル意識・縄張り意識を持っていますが)と連携が取れていれば、あとどれだけの人が救えたでしょうか。

自衛隊員の子供が入学すると、教師ですら差別をするというのは、一体どういう空気なんだ、この国は。小林よしのり氏の言葉を借りるなら、「この国に物語は不要なのか?」(新・ゴーマニズム宣言Special 戦争論)
私たちは、「職業に貴賤なし」の言葉をもう一度見つめ直すべきではないか。私たちは、あまりにも自国の防衛を任す人々に無関心でありすぎはいまいか?

陸上自衛隊 伊丹駐屯地を見て想ったことでした。ではでは。



今BGMとしてKOTOKOの「リアル鬼ごっこ」を聞いております。
「奪われた未来、取り戻す高みのAugust Marder」

この日本が、「奪われた未来」を奪還する日はいつのことなのか。

そんな事を思うておりました。では。

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